歴史ウォーキングのコース
日時・場所
平成27年2月

 『唐津街道深江宿』周辺を歩く
コースの案内

唐津街道深江宿は唐津領、公領、中津領と管轄の藩が移り変わり、宿場町であるとともに中津領の年貢米の集積地として豊前中津藩の奉行所がおかれた陣屋町でもありました。
当時の建物は残ってはいませんが太閤ゆかりの深江神社、宮小路と呼ばれる白壁沿いの古い町屋やカギ型に折れ曲った小路に続く小川沿いを歩くとタイムスリップしたような古い時代の空間を楽しむことができます。

コース
JR深江駅→正覚寺→石燈籠→愛宕様→延寿院→奉行所跡→大庄屋堤屋(旧鍋山酒造)→深江神社→深江駅
歩行距離約・・4.5キロ 

誓願山正覚寺
もとは、現在地より南西の場所にありましたが、戦火に遭い廃絶していたのを、 天正7(1579)年に定誉という僧が今の場所に再興しました。元和8(1754)年 に唐津藩主寺沢志摩守より百間四方の敷地を与えられています。 ご本尊は、いく度の厄災をのがれ今にご尊影を仰ぐことが出来る。 境内には「青蓮華」が伝わり、7月~8月中旬には純白の花が見られます。
石燈籠
深江宿は天明・文化・文政と大火に見舞われたので火難封じの願をかけ、大宰 府天満宮へ毎夕献灯しようと天保3年(1838)に建設されました。今も堂々と宿 場の入り口示すかのように建っています。横には「薬師堂」が祀られています。 「緑屋」に宿泊した巡検使も大久保勘三郎は「宿脇に常夜燈の大き成るあり」と 記しています。
深江神社
建久2(1190)年上深江に勧請されたが建仁3(1203)年現在地に移された。 豊臣秀吉が名護屋城在陣中参詣し、茶会を開いている最中淀君懐妊の報があ り、時の領主小早川隆景に社殿の再興を命じました。秀頼誕生にちなみ宮司の坊は「誕生山神護寺秀覚院」と改号されました。小早川隆景も鳥居を寄進し、「隆景無額の鳥居」と呼ばれて現存しています。樟の大木が茂る本殿脇には「太閤茶会跡」の立札があります。
街道沿いの白壁
宮小路と呼ばれるあたりには、街道に沿って白壁が続き、大庄屋堤屋(鍋山  酒造)、鎮懐石八幡宮の万葉歌碑を記した中津藩の儒学者「日巡武澄」の居 宅跡などの古民家が並び、宿場のなごりをあちこちに感じられ、街道沿いに は本陣や宿屋、入り組んだ小路に奉行所、中津藩米蔵跡の裏手につづく 「柳川」沿いには中津藩船着き場跡などがあります。


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