『国史跡“志登支石墓群”とその周辺の見所』
日時・場所
平成25年11月

 産宮神社~志登支石墓群~志登神社
コースの案内
手軽に歴史散策ができる「JR波多江駅からのウォーキングコース」を紹介します。スタートは駅南側にある“安産祈願の産宮神社”、ここを起点にしては如何でしょうか。
次の目的地“志登支石墓群”へは西へ0.1km歩くと志摩方面への道路に突当たるので、右折するとJRの線路そして国道202号線の「産の宮交差点」があります。そのまま道なりに数分歩くと田園地帯が見えてきます。さらに0.5km位歩くと左手に「志登支石墓群の緑色の標識(写真)」が立っています。そこを左折し、雷山川の土手を渡ると、それらしき遺跡を囲む木立が見えてきます。
三番目の“由緒ある志登神社”は、志登支石墓から北東側の右方向を望むと森が見え、その先端が神社です。そこへは、雷山川に沿って北に少し進むと橋があり、それを渡ると間もなくです。
帰路は波多江の市街方面へ向えば迷うことはありません。 
(歩行距離:およそ4km、見学&歩行時間:約3時間弱)。
 安産祈願の“産宮”
 本殿前の“神木の子安梅”
産宮(さんのみや)神社
神社名の通り、安産守護の神様(奈留多姫命)をお祀りし、その祈願の参拝が多いとのことです。また神功皇后が皇子を無事安産(三韓遠征帰朝後)されたことに因んだ“百手的射の神事”を奉納した伝承もあります。
支石墓群まで250m先
支石墓群と“可也山”
国史跡“志登支石墓(しとしせきぼ)群”
水田稲作の民(渡来系弥生人、日本人のルーツの一つ)が二千数百年前に持ち込んだ墓制で、お墓の上石と支石に特徴があります。さて、上石の花崗岩や玄武岩はどこから運んできたのでしょうか? 周囲はのどかな田園地帯で、“糸島富士と呼ばれる可也山”が雄大に望めます。                                              
由緒ある歴史の志(し)登(と)神社
平安時代の神名帳に記載された官社“延喜式内社”では、糸島唯一です。 祭神は海神の豊玉姫で、社殿と鳥居は西に向い、江戸時代の干拓以前は直ぐ前が入江で、昔は海上から参拝するようになっていたとのこと、納得!。 境内の奥には、横倒しなった大木からも枝を張り、鎮守の杜の古い面影を残しています。近くに「九大伊都キャンパス」も望まれ、次の機会に脚を伸ばされては如何でしょうか。

    


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