『糸島にもあるユーモラスな狂歌の碑』
日時・場所
平成24年10月

 二丈深江鎮懐石八幡宮
鎮懐石八幡宮にある
江戸時代のもう一つの歌碑
鎮懐石八幡宮といえば九州最古の万葉歌碑(※)が浮かんでまいります。
しかし、もう一つ境内でじっくりと鑑賞して戴きたいのがご案内する狂歌碑です。
“狂歌とは江戸時代に流行したユーモラスな短歌”です。現代の身近な川柳(5・7・5)の短歌版(5・7・5・7・7)とも言うべきもので、大変味のある風刺を特色としています。

“あらそはぬ 風の柳のいとにこそ 堪忍袋 ぬふべかりけれ”

「世間には争いごとが多いが、飄々として何事も柳に風と吹き流す、そんな柳の枝にあやかって、細い柳枝を糸にして堪忍袋を縫えば腹も立たず上手に世渡りができますよという処世訓」

この石碑は鎮懐石八幡宮の急階段の途中にあり、万葉歌碑に隠れるようにひっそりと立っています。作者は江戸の狂歌師 鹿都部真顔(しかつべのまがお)で、通称は北川嘉兵衛といいます。四方赤良(太田南畝1749~1823)の門人で一首は「狂歌才蔵集」(天明7年=1787刊行)に収載されています。

真顔は黄表紙の作者でもあり、恋川好町と号していました。江戸数寄屋橋で汁粉屋を営み、全盛期(文化文政の頃)には北は陸奥から南は九州に至るまで、その門人は3000人を超えたとも云われています。狂歌四天王の一人に数えられ、専業狂歌師の草分けとされています。

石碑建立の時期ははっきりしませんが、側面には出身地名と共に石碑建立に関わったと思われる人たちの名前(ユーモラスなペンネーム)が彫られています。恐らく真顔の人脈に連なる九州の狂歌師の面々であると推察できます。

福岡:笹廼屋吉躬、安閑亭束  加布里:春暁亭芥、自然斉山彦、三ネ杏  長綺:春望庵名種
花宝亭静丸、挽眺舎長江  吉井:糸廼屋嶌九、枕水亭清岐、十方亭広記、風雅亭行成
鹿家:鼓腹舎一丸、眉乃茂、世廼餘   福岡石匠: 岸田徴平

※ 鎮懐石万葉歌碑(糸島市指定文化財)

石碑は安政6年(1859)に建てられたものです。この万葉歌の作者は山上憶良、書は中津藩の儒者、日巡武澄の手になるものです。内容は、子負ヶ原の八幡宮に祀られている二つの石の由来が語られ、神功皇后の新羅渡海に際し、この石を懐に忍ばせて出産を鎮めた故事を長歌に託したものです。



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