フィールドワークによる地域資源を把握する活動をします。

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『糸島に残る悲しい平家物語』
平家の落人の里・唐原(とうばる)
日時:平成24年5月21日
場所:糸島市二丈満吉唐原(県道49号線の石崎信号を山手に約3キロ入る)
状況:
車の離合がやや困難な山道を10分ほど進むと開けた所に着きました。ここが唐原です。数軒の民家があり、ご先祖は平重盛の内室に従ってきた人々とのことです。その歴史として伝承されてきたのは、寿永3年(1184)、源氏により京を追われた重盛の内室と二人の姫(千姫、福姫)は、郎党や侍女と供に太宰小弐であった原田種直(妻は、重盛の養女)を頼って落ち延びてきました。種直は人里離れた唐原に一行をかくまいました。一年程が経った頃、源氏の刺客が唐原に来て、二人の姫を殺害しました。この事件を目の当たりにした内室は、夫重盛の遺児を立派に育てる希望を断たれ生きる力をなくして自害し、残された郎党たちは、その慰霊を弔ってきました。
なお、平家に味方した種直は鎌倉に13年間幽閉され、赦免されてからは御家人として糸島の怡土庄を与えられ、重盛の遺児等の霊を弔うため、極楽寺(現在の龍国寺・糸島市)を建立しています。その後、原田氏は戦国武将として勢力を拡げていきます。      

海の向うの京の都を想い、涙した都見石

自害した平重盛内室の墓

涙を誘う、千姫と福姫の墓といわれる 可愛い小さな供養塔(千福寺跡)

重盛の遺髪を埋めたとされる黒髪塚(黒髪山)

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