フィールドワークによる地域資源を把握する活動をします。

トップフィールドワークトップ来目皇子の遺跡を訪ねて
糸島の伝承 来目皇子の遺跡を訪ねて 
深江神幸祭行列
日時:平成23年11月8日
火山(234M)北側にある来目(くめの)皇子(みこ)の遺跡と久米(くめ)神社のフィールドワークを行いました。

来目皇子の遺跡
1.来目皇子の遺跡
火山北側の「久米」と言う地名は602年新羅征討のため、当地に駐屯した「来目皇子」に由来すると伝えられています。
県道85号線を昭和バス(野北行き)で野北方面に向かい「久米」バス停で下車。進行方向に進み最初の角を左折、道なりに進むと道路右側に防火水槽があります。その地点から左に狭い道があり「久米神社」、「来目皇子の遺跡」へと続いています。

久米神社
2.久米神社
志賀三神(底津綿津見・表津綿津見神・中津綿津見神)と来目皇子を祀る。 社伝にはこの地は皇子が薨去した地という。
3.遺跡碑地(経度130.17 緯度33.60)
案内板から左折し、山道を約300メートル進むと左手に地山を活用した円墳のような遺跡地が現れます。

綾部神社
3.遺跡碑地(経度130.17 緯度33.60)
案内板から左折し、山道を約300メートル進むと左手に地山を活用した円墳のような遺跡地が現れます。
(1)「来目皇子遺跡」(自然石碑)
(2)皇子を偲ぶ記念石碑、「古今俯仰の碑」
 揮毫:進藤一馬(元福岡市長、玄洋社社長
(3)糸島市教育委員会説明板

「古今俯仰の碑」北西へ27.5度ずれる
4.西方沖地震(平成17年3月20日)により「今古俯仰の碑」がずれる
マグニチュード(M)7.0 震度6弱: 福岡県・糸島市・佐賀県三養基郡みやき町 
(大きな地震であったことがわかります)
(1)の「来目皇子遺跡」(自然石碑)は無傷

5.ずれ角度を調査…北西へ27.5度ずれる
「古今俯仰の碑」は中央に鉄の心棒が入っているため、北西の方向に回転したものと思われます。

糸島魅力みつけ隊ネットワーク協議会トップ歴史・文化グループ食文化グループ

COPYRIGHT(C) 糸島魅力みつけ隊ネットワーク協議会. All RIGHT RESERVED.