フィールドワークによる地域資源を把握する活動をします。

トップフィールドワークトップ糸島の巨大な古代山城を訪ねて(怡土城)
国史跡 怡土城跡
怡土城に築かれた怡土城の立地性
~奈良時代の大宰府の護り~
前原市の東部に、糸島と福岡市とを壁の如く隔てる高祖山(標高416m)があります。牛が長々と寝そべっている姿から臥牛山とも言われ、糸島のかなりの地域からその山容を望むことができます。糸島から福岡市側に行くルートは、奈良時代には、北山麓の狭い海岸線か南側の峠しかなく、ここは戦略要地として大宰府の護りとしたものと思われます。
~広大な古代山城~
その西斜面に築かれた怡土城は、山麓に約2kmの土塁、稜線には8ヶ所の望楼があり、城域は外郭周囲6.5km、面積290haと非常に広大でした。今は、この中には民家あり、田畑あり、神社仏閣あり、、、また中世の高祖城跡もあります。国史跡として土塁や望楼跡、平成19年には城郭内110haが指定を受けています。
怡土城跡散策の玄関口、高祖山神社参道付近
~怡土城の歴史的な背景がわかる~
「続日本紀抄」と刻まれた石碑神社の参道口は大鳥居口とも呼ばれ、「続日本紀抄」と刻まれた石碑や案内板があります。それによると「大宰府の要職にあった吉備真備が怡土城の築城を756年に着工したこと、この背景として唐が玄宗皇帝の時代に安史の乱で衰退し、新羅と日本の関係が悪化したこと、そのため大宰府の護りとして怡土城が急ぎ必要になり、築城の土木作業には禁止されていた防人まで動員したこと、12年の歳月で完成したこと、、、」と言った内容が書かれています。
~土塁には、城門の礎石を組込んだ記念碑が建つ~
「怡土城祉 皇紀2582年建立(=西暦1932年)」と彫られた大きな石碑右手のトイレ側面には、10m近い高さの丘陵が迫っています。これが怡土城跡の土塁です。急な階段を注意しながら登って行くと、「怡土城祉 皇紀2582年建立(=西暦1932年)」と彫られた大きな石碑が建っています。この土台の隅角には怡土城門の礎石が3個組み込まれています。なお、伊都国歴史博物館入口にも1個置かれていますのでご覧になって戴ければと思います。
~今も強固に残る土塁の秘密~
今も強固に残る土塁ここの土塁は高さが凡そ10m、頂き部分の幅は1.5m、底辺は10m位あります。この頂きを凡そ70~80m歩けますので、巨大山城の土塁を実感、イメージすることができます。強固に残る土塁は、粘土や砂質土壌などを交互に叩き固めた版築土塁と言われています。直ぐ近くの小城戸口には、版築断層が露出しているので観察できます。
怡土城、その他の特徴
~怡土城は中国式山城といわれる~
怡土城は、7世紀に構築された神籠石系山城(朝鮮式山城と同分類)とは異なり、山の稜線から裾野までを土塁と望楼(防御線中の楼台)で囲み、攻守が可能な中国式山城の特色を持つと言われています。恐らく、吉備真備が遣唐使として二十年近く滞在して学んだ中国の城郭方法を採り入れたものと言われています。
~望楼と水門部はどうなっているか~
今回は、稜線上の望楼跡については踏査していませんが、各望楼跡には礎石が残り、瓦屋根の建物がありました。伊都国歴史博物館には、その驚くほど大きな分厚い平瓦が展示されています。  水門部は石塁を地上に構築したのではなく、土塁基底部の中に砂利層を設けて排水する盲水門の構造なので見学できません。一昨年にも、大門口付近の下水道工事で偶然発見されましたが、工事終了後には記録保存となりました。
怡土城を取り巻く幾つかの歴史的文化遺産
今回のフィールドワークは、高祖神社参道口の怡土城跡を訪ねましたので、この付近の貴重な歴史文化遺産の幾つかを見学して回りました。

~高祖山にあるもう一つの山城~
参道口を登っていくと、両側には低い石垣のある屋敷が続いています。この辺りは中世、怡土の大豪族であった原田氏の家臣団の住まいがあった一帯と言われ、なんとなくそれらしき風情を感じます。原田氏は怡土城をかなり利用して高祖城を築いたと言われていますが、秀吉の九州平定により破却廃城となり、今は山頂に城郭の石垣が僅かに残る程度です。 江戸時代の著名な学者、貝原益軒は高祖山の城郭は高祖城とし、怡土城は雷山神籠石であると筑前国続風土記に記述しています。大学者にもミスがあるものです。
~平安時代からの古い高祖神社~
さらに登って行くと、杉などの大木が頭上を覆い、苔むした石段の先に高祖神社の社殿が見えてきます。そこの案内板には、「日本三代実録(901年に編纂)に神社に関わる記述あり、、、」と載っており、平安時代からの歴史ある神社であることが分かります。
~春と秋には高祖神楽が奉納される~
境内の神楽殿では、高祖神楽(福岡県無形民俗文化財)が奉納されます。その歴史は古く、応仁の乱世(1470年頃)、原田氏が京都守護の任にあった時、京の能神楽をこの地に伝えたとされています.。
~名刹の金龍寺は借景庭園が素晴らしい~
参道の途中には、原田氏の菩提寺である金龍寺があり、高祖山を背景とした借景庭園で有名です。当日は庭園にツツジやサツキの花が咲き、絶景の借景を堪能しました。
~神宮皇后由来の染井神社~
帰路、染井口交差点近くの神功皇后を祀る染井神社を訪ねました。境内には神功皇后が鎧を干した伝説の松、その朽ちた巨木片があります。この松を貝原益軒は筑前国続風土記の中では実に見事な大松であると誉めています。近くには鎧を赤く染めたと言う染井井戸もあり、神話伝承の世界に引き込まれてしまいました。

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